第二話
京子の成長とカニクリームコロッケのハヤシソース

城ヶ崎京子の旧姓は、山田という。夫を好きになったのは、苗字を聞いた瞬間だった。
結婚するならこの名前だ。出会った瞬間、「城ヶ崎」の虜になった。
山田だった頃の京子は、自分に自信のない人間だった。他人との衝突をさけ、常に周囲の空気をうかがっていた。
「城ヶ崎」に憧れたのも、その高級そうな苗字を名乗るだけで、強くて新しい自分になれる気がしたからだ。苗字の迫力に気圧されて、皆が自分の意見を尊重するようになるのではないか。
ささやかながらも本気で、京子は期待した。
城ヶ崎になった翌月、学生時代の友人と食事に出かけることになった。
「オーガニックなサラダ系とかでいいよね?」京子の意見を聞いているようで、ほぼ選択肢のないその問いかけは、「城ケ崎」京子の存在を一顧だにしないものだった。
ここでうなずいたら、一生このままなんだから。京子はこぶしをきゅっと握りしめて、応戦した。
「私は、ガツッとしたオムライスが食べたいな。」
友人が驚いた顔をして振り返る。
「私、ダイエット中なんだけど。」
京子は胃をキリキリさせながら、粘った。
「ポムの樹なら、サラダ系のオムライスとかあるし。」
友人は数秒間思考を巡らし、そして納得した。
「じゃあそれでいいか。」
友人がオムライスをほおばる姿を見つめながら、京子は胸をなでおろした。彼女はとくに気分を害した様子もなく、満足そうにサラダオムライスを口にしている。
京子は強気な気持ちが消えないように、メニューの中でもとりわけ主張の強そうなカニクリームコロッケのハヤシソースオムライスを注文した。 オムライスのてっぺんに鎮座する黄金色のコロッケは、京子の上にかぶせられた「城ヶ崎」という苗字そのもののようで、妙な親近感を覚えた。

揚げたての衣にスプーンを入れ、オムライスといっしょに口に運ぶ。蟹がたっぷりととけ込んだホワイトソースと、オムライスが絶妙に調和したその味わいは、城ヶ崎京子の門出にふさわしい味がした。
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